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ここに私の心のオアシスはあるのか? フランスでの日常生活アレコレ
by musedeparis
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メキシコ旅行 ⑦
San Cristobal de las casas 2泊

17日夕方、ホテルに戻ってシャワーを浴び、出発の準備をしているとダンナがお腹の調子が悪いと言い出した。どうやらMazunteでお昼を食べた時に飲んだフルーツジュースにあたったみたい。これから夜行バスで12時間移動なのに・・・とりあえずPochutlaのバスターミナルまで早めに移動して待合室で様子を見ることにしたけど、どんどん具合が悪くなって、トイレに通いぐったりしてしまった。「私がフランスであらかじめ下痢止めとかいくつか薬を買ったとき、そんなの現地調達でいいんだよ!とか鼻で笑ってたくせに・・・ほら、役に立ったでしょ!」と、恩着せがましく下痢止めをあげる。食べ物にあたった時は、出すもの出して時間が経てばだいたい直るからそんなに心配してなかったけど、臨時バスなので、ファーストクラスでもトイレつきじゃないからどうしよう・・・と思ってたけど、2時間位したら少しずつ落ち着いてコーラを飲んだら気分も良くなったみたいで、無事22時半発のバスに乗ることができた。
12時間の夜行バスって、初めてでちょっと不安だったけど、旅の疲れもあって夜は眠ってしまうから気づいたら朝で、座席もゆったりして飛行機と比べてもすごく楽だった。夜中に1回と朝7時半頃どこかのターミナルでトイレ休憩して、San Cristobal de las casesに朝10時到着。標高2160mなので、蒸し暑いかった太平洋岸の気候から一転してカラッとしたすがすがしい天気で、とても気持ちがいい!午後は早速、街の散歩とマヤ時代から伝わる伝統医療博物館を見学。(薬草の使い方、シャーマンの役割とか、そういうのが説明されてて興味深い。今も周辺の村では生活の中で役に立ってるらしい。)
カテドラル

街の中心ははオアハカと雰囲気が似ていて、道路が碁盤の目に走っていて、歩いてどこでも行ける大きさ。
カルメンのアーチ

市場で民芸品を売る今でも伝統衣装を着て生活しているインディアンの女性達

Chiapas州中でもSan cristobal周辺は、90年代の先住民の権利と生活向上を要求したザパティスト活動の中心となった所

なんか、メキシコ料理も飽きてきたので、街にあった日本レストランといっても、アメリカ経由で入ってきたっぽい「MAKI」(巻き寿司専門)レストランで食事。日本の巻き寿司とはまったく違うもので、カルフォルニア巻きのバリエーションなんだけど、それなりにおいしかった。おしゃれなレストランでメキシコ人若者中心に繁盛してたし、彼らもタコス以外の食べ物に興味あるのね。

泊まったホテルはフランス人経営。なんせ私達スペイン語がカタコトで、何か情報を得たいと思っても難しいし、英語を話せる人も少ないので、お互い以外におしゃべりできるような相手にも出会わず、二人でいても会話弾まず・・・と言う状況になってたので、他人と話すの大好きなダンナが久々に調子よくおしゃべりしたかったのか、彼の希望。コーヒー飲みながらオーナーと久々に言葉に不自由なく色々おしゃべりして楽しそうダンナ。
ついでに居合わせた一人旅のフランス人女性にも声をかけて、「どこに行ったの?」なんて盛り上がったのよ。で、この25歳くらいの若い女性が立った時に、足が不自由だってことがわかったの。翌日、一緒にアペリティフした時に、5年前に首の血管が詰まって脳に酸素がいかなくて倒れて、手術をしたんだけど右半身が不自由になったと言う話をしてくれたの。たまたま実家に帰ってる時ですぐ救急車で運ばれたから命は助かったけど、一人でいた時だったら助からなかっただろうと医者に言われたらしい。それから5年間リハビリを頑張って、今の状態まできて今年やっと普通の倍かかったけど通ってた美術学校のディプロムもとって卒業したんだって。でも右手は全然使わないし、杖を使って歩くのも多分普通の人の倍以上かかるみたい。それでも彼女は、せっかく助かったんだし人生満喫することにしたのよって、今回1ヶ月ひとりでメキシコ旅行したんだって。その勇気と行動力に感動!すごいなぁ。ちょっとしたことですぐいじけたり、ごねる自分を激しく反省・・・私って、充分恵まれてることを意識しないとなぁ。
by musedeparis | 2007-09-17 07:46 |  メキシコ | Comments(0)
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